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「中国や韓国にとって日本は『少子化対策』失敗の反面教師」社会学者・山田昌弘さんに聴く中流転落社会ニッポンの未来とは?

  • 2024年09月04日 公開
  • 2024年11月28日 更新

若者の『中流転落不安』の解消が少子化を食い止める唯一にして最善の方策

「パラサイト・シングル」や「婚活」という言葉の生みの親で、「格差社会」の到来にいち早く警鐘をならし、『希望格差社会: 「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』『「婚活」時代 』『少子社会日本: もうひとつの格差のゆくえ』の著者として知られる家族社会学者で中央大学教授の山田昌弘さん。

前編に引き続き『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』の著者でもある山田教授に、官僚やエリート層の思い込み、中国や韓国とも共通する日本の若者像、そしてなぜ日本の「少子化」がここまで悪化したのか、その原因について詳しくお話しを伺いました。

【インタビュー前編はこちら】「皆さん、認めたがりませんが既に日本は『貧しい国』」社会学者・山田昌弘さんに聴く『少子化対策』失敗の理由とは?

介護メディア『安心介護ニュース』のインタビュー取材に応える中央大学教授・山田昌弘さん(撮影・加藤春日)
『安心介護ニュース』のインタビュー取材に応える中央大学教授・山田昌弘さん(撮影・加藤春日)

「誰もが結婚する」「子ども好きなら産むはず」と見過ごされた未婚化現象

──人口学者が早い段階から「未婚化・晩婚化が少子化の原因」だと指摘していたと言われていますが、にもかかわらず、なぜ、政府は2010年代まで結婚を促す対策を行わなかったのでしょうか?

山田 1990年代は「若者は独身を楽しみたいがために結婚を遅らせているだけ。いずれ皆、結婚するはず」と、つまり“未婚化”ではなく“晩婚化”と判断していました。

その頃は「結婚は、しようと思えば誰でも簡単にできる」と考えられていて、未婚者もいずれはほぼ全員が結婚すると楽観視されてたんです。

その証拠に経済が安定していた1980年代までは98%の男女が結婚し、独身は1割しかいませんでした。

言い換えれば、みんなが「どんな条件でも愛があれば結婚するはず」「どんな条件でも子どもが好きなら産むはず」と考えていた。じつはこれは、“欧米中心主義的発想”なんですよ。

さらに、もう一点、日本では結婚や子育ての“経済的側面”が軽視されていた。もっと言えば、それに触れることをタブー視していたんです。

タブー視された「低収入男性は結婚相手として選ばれにくい」という事実

──タブー視とはどういうことですか? 

山田 いまの日本社会では、たとえ愛があっても、子どもが好きでも、経済的条件が整わなければ、結婚や出産に踏み切らない若い方が多くいます。私はそれを1996年に出版した『結婚の社会学』(丸善ライブラリー)の中で「収入の低い男性は結婚相手として選ばれにくい」と指摘しました。

ですが、1990年代後半のテレビや新聞をはじめとするマスメディア、政府はこの事実への言及を避けて一切触れませんでした。

事実だとしても経済的な差別発言と捉えられてしまうため、「報告書であっても公には発表できない」「それを前提とした政策をとることはできないというのがその理由でした。

しかし、事実、結婚して親から独立して夫婦で生活をすればお金がかかる。したがって女性が結婚後のことを考えて収入の安定した男性との結婚を望むのは賢明な選択で、決して収入の低い男性を差別することにはならないと思います。

ですが偏見や差別は非常にデリケートな問題につき、政府もマスコミもできるだけ触れずにおきたかったというのが本音だったんです。

私としては、その文言を公にしなくても、少子化対策の一つとして、経済が不安定な若者に対する支援対策等がもっと早くなされていれば事態は変わっていたのではないかと、とても残念でなりません。

介護メディア『安心介護ニュース』のインタビュー取材に応える中央大学教授・山田昌弘さん(撮影・加藤春日)

“欧米中心主義的思想”がニッポンの少子化政策をミスリード

──さきほど「どんな条件でも愛があれば結婚するはず」「どんな条件でも子どもが好きなら産むはず」というのは欧米中心主義的発想だとおっしゃられましたが、もう少しくわしく聞かせてください。

山田 欧米では未婚で子どもを産む割合が高く、未婚化と少子化は関係がありません。

また、日本や東アジアと異なり、結婚、出産と経済状況を結びつける考え方も強くない。この欧米社会をモデルとした発想が欧米中主義的発想です。

日本は明治以降、欧米社会をモデルに国の近代化を推し進め、実際、人口に関する問題も同じような道を辿ってきました。

ですから、識者や政府には「日本の家族のあり方や女性の生き方も、いずれは欧米と同じような方向に動くに違いない」という読みがあった。

西ヨーロッパで少子化が起きたときも、その問題解決に成功したフランスやスウェーデンと同じ対策を打てばそれで済むだろうと考えていたわけです。

しかしながら、家族のあり方、女性の生き方などのジェンダー意識、結婚、出産、子育てに関する家族意識といったものは、経済制度以上に、その国・地域に固有の文化の影響を色濃く受けるものです。

必ずしも「欧米と同じやり方で少子化を解決できるとは限らない」という事実に気づくまで時間がかかってしまった。いまだにその根本的な間違いを正せずにいるんですよ。

進む未婚化と貧困化。パラサイト・シングルの誕生

──欧米と日本の少子化の背景、とくに家族に関する意識、価値観には根本的な違いがあるのですね。

山田 私は約30年前、「パラサイト・シングル」という概念を作りました。欧米先進国では大学を卒業後、男女とも親の家を出て自立して生活するのが一般的です。

一方、日本と東アジア諸国とイタリアやスペイン等では、結婚まで親と同居して生活も親に頼るのが当然という傾向がある。

日本では子の自立志向は弱く、とくに娘の自立は不要という意識が親と本人の双方に強い。自立が不要どころか、結婚前の未婚女性が親元から離れて暮らすことをよくない、はしたないとまで考える人がまだまだ多いんです。

──その結果、親と同居していて生活の不安にも直面していないため、いつまでも経済的条件のいい相手が現れるのを待っていて結婚しないのだと?

山田 もっとはっきりいえば結婚して出産して貧乏になるくらいなら親元にいて収入の高い相手と出会うのを待った方がいいと考えている。

でも、出会いの機会もなければ、そんな相手も現れないから未婚化が進んでしまう。

介護メディア『安心介護ニュース』のインタビュー取材に応える中央大学教授・山田昌弘さん(撮影・加藤春日)

出生率は社会保障による子育て支援で回復する

それに対し、ヨーロッパやアメリカでは成人すれば親元を出て自立して生活する必要に迫られる。容赦なく家を追い出されてしまうんですよ。

そして、若者の収入が低いのは欧米も同じなので1人で生活するよりも誰かと一緒に住んだ方が経済的に合理的だとなり、さらに、どうせ一緒に生活するなら好きな相手がいいとなるわけです。

そうして好きな者同士は同棲すれば自然の流れとして子どもが生まれて出生率も上がる。欧米で結婚と出生率は関係ないという理由もこれでおわかりでしょう。

もちろん、子どもが生まれれば子育てに時間やお金がかかって生活水準が低下します。

そこで政府が社会保障で若者の子育て支援を行い、さらに出生率を高めるという仕組みが作られていったんです。

日本そして、中国や韓国も。自立しないアジア型の日本の若者像

──現状、日本の若者にとって自立はリスクでしかなく、親もそれを容認して同居を続けている限り、未婚化は避けられないというお考えなのですね。

山田 そもそも日本では未婚者に対して、親元を離れて自立しろという圧力が弱いんです。

この自立志向の弱さが未婚化の大きな要因で、同様の文化的背景を持つ東アジア諸国、中国や韓国でも同じような現象がすでに起き始めています。

そして彼らは、日本の少子化対策が失敗した理由に高い関心を寄せている。つまり、日本を反面教師にして解決策を模索しようと考えているんです。

介護メディア『安心介護ニュース』のインタビュー取材に応える中央大学教授・山田昌弘さん(撮影・加藤春日)

【欧米型の少子化対策の前提】

(1)成人していたら未婚者は1人暮らしであること。

(2)仕事での自己実現を目指す女性が多いこと。

(3)カップルを求める感情が強く、恋愛感情があれば一緒に暮らそうとすること。

(4)子どもを持つことの価値は子育てを楽しむことにあり、子育ては成人すれば終了と考えられていること。

【欧米型の少子化対策が日本に適合しなかった理由】

(1)結婚前の若者は、親と同居している人が多い。そして、親との同居は、非難されることはない(この点は、東アジア諸国、そして、出生率が低迷するイタリアやスペインなど南欧諸国で共通)。

(2)仕事による自己実現を目指す女性は少数である。仕事を続けることよりも、豊かな生活をすることに生活上の価値を置く(この点は韓国と共通。しかし、中国やシンガポールなどでは共通しない)。

(3)恋愛感情は重視されない。愛情であれば配偶者より子ども、夫婦であれば恋愛感情よりも経済生活を優先する(この点も東アジア諸国共通ではないかと思われるが、確たる調査データはない)。

(4)高等教育費用を含む将来にわたっての子育ての責任が親にかかる。それは、子どもの将来を第一に考えるのが、親の望みでもあるからである。恋愛感情に身を任すよりも、これから育てるであろう自分の子どもの生活、特に経済生活を第一に考える(これは東アジア諸国共通)

介護メディア『安心介護ニュース』のインタビュー取材に応える中央大学教授・山田昌弘さん(撮影・加藤春日)

地方や非正規の人々の「生の声」を聴かずに作られた少子化政策の失敗

──山田先生はこれまでの日本の少子化政策の失敗の原因をどのように総括されているのでしょうか?

山田 そもそも、大多数のはずの地方の若者の生の声を聴いて政策立案をしていない…。

もっとも、調査をしようにも、中央にいる人たちは地方の中小企業に非正規で働く若い女性に知り合いなんていませんよね。

私だって調査をしたから実際に会うことができましたけど、普通に考えれば接点はありません。そんなふうに社会は、すでに分断されている。それが現実なんです。

──最後に、山田先生の考える少子化対策に不可欠なポイントをお聞かせください。

山田 ここまで説明してきたように、日本人は「生涯にわたる生活設計」において、「世間並みの生活水準が期待できない」というリスクが少しでもある結婚や出産を避けようとする傾向にあります。

その根底には、大多数の若者が、経済格差が拡大しているにもかかわらず、「世間並みの生活」をし続けたいという願望がある。

介護メディア『安心介護ニュース』のインタビュー取材に応える中央大学教授・山田昌弘さん(撮影・加藤春日)

「そうなってからでは完全に手遅れ」20年後にはさらに貧しくなる日本社会

しかしながら、実際には「結婚したい、子どもを産み育てたい」という若者の方が圧倒的に多い。つまり、若者の中流転落不安を解消することが少子化を食い止める唯一にして最善の方策なんです。

それは、結婚して2人以上の子どもを育てても、生涯にわたって世間並みの生活を維持できるという確信を持てるような社会保障制度を充実させ、なおかつ女性差別もなくして本当の意味での共働きをしやすい環境を整備することに他なりません。

もちろん簡単なことではありませんが、国には今の親世代が頑張っているうちに本腰を入れて手を打っていただきたいと切に願うばかりです。

というのも、このまま現状維持でいけば、20年先には親が子供を同居させることも不可能になるぐらい日本が貧しくなっている可能性が高い。そうなってからでは完全に手遅れだからです。

(取材・執筆/木村光一 撮影/加藤春日)