高齢者を虐待から守る「緊急一時保護」を知っておこう

高齢者を虐待から守る「緊急一時保護」を知っておこう


高齢者や障害者などを虐待から守るために、市町村は緊急一時保護を実施しています。本記事では高齢者の緊急一時保護の内容や実施の流れ、そして虐待とは何かについて解説しています。介護者としてだけではなく、地域住民としても知っておきたい内容です。ぜひご確認ください。

緊急一時保護とは?基本ポイントのまとめ

緊急一時保護とは?基本ポイントのまとめまずは、緊急一時保護の基本ポイントを確認していきましょう。

高齢者を保護し、養護者を支援する緊急一時保護

緊急一時保護とは、高齢者や障害者、子どもなどを虐待から守るために緊急的な対応として市町村が一時的に保護することです。ここでは高齢者を対象とした緊急一時保護についてまとめていきます。

高齢者の緊急一時保護では、養護者からの分離が必要だと市町村が判断すると、特別養護老人ホームなどに一時的に入所させることができます。特別養護老人ホームなどは本来、高齢者本人が同意をしたうえで契約をして利用するサービスですが、契約ができない場合には「やむを得ない事由による措置」として利用します。「やむを得ない事由による措置」とは、高齢者本人に判断能力がなく、さらに代理人もいなかったり、契約を拒否していたりなど、何らかの事由があって契約ができない場合に、市町村が利用を決定できるということです。

2016(平成28)年度に行われた「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」では、虐待の発生要因は多い順に「虐待者の介護疲れ・介護ストレス」(27.4%)、「虐待者の障害・疾病」(21.3%)、「経済的困窮(経済的問題)」(14.8%)となっています。虐待をしている本人には虐待の認識がなく、また虐待を受けている高齢者も虐待者をかばいたいために相談ができないというのも家庭内での虐待の特徴です。

虐待は受けた高齢者だけではなく、加害者にも深い傷となって残ります。厚生労働省は高齢者の尊厳を侵す虐待を、「特定の人や家庭で起こるものではなく、どこの家庭でも起こりうる身近な問題」としています。いち早く虐待に対応して深刻化を防ぐことも、緊急一時保護の大切な目的です。

緊急一時保護の相談窓口

緊急一時保護を市町村にしてもらうには、まずは通報または高齢者本人による届出が必要です。高齢者の虐待に気づいたら、下記の機関に相談しましょう。

  • 地域包括支援センター
  • 市町村の高齢者窓口
  • 虐待防止センターや人権擁護センターなどの専門機関
  • 民生委員
  • 社会福祉協議会 など

また、法務省の法務省インターネット人権相談受付窓口では、24時間365日相談を受け付けています。

www.jinken.go.jp

虐待の通報ができる人

知っておきたいのは、虐待の通報は誰でもできるということです。地域の民生委員や自治会のメンバーはもちろん、近隣住民も虐待の兆候に気づいたら、抱え込まずに相談をしてみるようにしましょう。「恨まれるのではないか」「今後の関係が悪くなるのではないか」と心配する必要はありません。通報を受理した職員は、誰が通報したかが特定できる情報を漏らしてはいけないと定められています。

また、訪問介護員(ホームヘルパー)やケアマネジャーなどの高齢者の福祉にかかわる仕事をしている人は、高齢者虐待防止法の第5条にて、高齢者虐待の早期発見に努めなければならないとされています。

虐待を受けている本人が届け出ることはもちろん、加害者が虐待を自覚して市町村に相談することも可能です。「虐待をしてしまっているかもしれない」「虐待をしてしまいそうだ」と感じたら、積極的に相談窓口を利用しましょう。

緊急一時保護が実施されるまで

市町村が虐待の通報や高齢者本人からの届出を受けた後には、訪問調査などで事実関係の確認が行われます。その後、養護者や家族からの分離が必要だと判断されると緊急一時保護が実施されます。必要に応じて面会制限がつけられることもあります。判断はひとりの担当者によってされるのではありません。コアメンバー会議などが随時開催されて、判断の根拠や決定の経過は記録として残されます。

緊急一時保護で利用する短期入所生活介護(ショートステイ)、特別養護老人ホーム、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)、小規模多機能居宅介護といった介護保険サービスは、通常であれば本人が同意したうえで契約をして利用するものです。緊急一時保護でも可能な限り契約を促しますが、「やむを得ない事由による措置」であれば市町村の決定により利用できます。

高齢者の緊急一時保護の対象者

高齢者の緊急一時保護の対象者


高齢者の緊急一時保護の対象を確認しましょう。

高齢者の緊急一時保護の対象者

高齢者の緊急一時保護の対象となるのは、65歳以上の方です。要支援要介護認定や認知症の有無、費用負担ができるかどうかは問われません。

当事者に自覚がなくても、外から見て明らかに虐待がある場合には緊急一時保護の対象となります。

緊急一時保護が必要とされる例

  • 虐待を受けている本人が明確に保護を求めている場合
  • 骨折や重症のやけどなどの深刻な身体的外傷、重度の褥瘡(じょくそう)、意識の混濁がある
  • 重い脱水症状や栄養失調がある。衰弱している
  • 財産の使い込みや使用制限によって、電気・ガス・水道などがストップしていたり、食料が底をついていたりする
  • 自宅を締め出されたため、長い間戸外で過ごしている
  • 高齢者本人に強い自殺願望がある
  • 養護者から「何をするかわからない」「殺してしまうかもしれない」といった発言がある
  • 暴力をふるっているところを実際に目撃されている
  • 加害者の自覚や改善意欲が見られない など

緊急一時保護の原因になる虐待とは

緊急一時保護の原因となる虐待とは

緊急一時保護の原因となる虐待にはどんなものがあるのでしょうか。高齢者の虐待についてまとめます。

虐待の種類

虐待には5つの種類があります。

●身体的虐待

殴る、蹴るなどの暴力的な行為によって身体に傷やアザ、痛みを与える行為だけが身体的虐待ではありません。ベッドに策をつけて出られなくしたり、意図的に薬を過剰摂取させて動きを抑制したりする身体拘束、外部との接触を意図的・継続的に遮断する行為も身体的虐待です。

●心理的虐待

怒鳴る、罵るなどの威圧的な言葉や態度を高齢者にしたり、嫌がらせや無視で相手に精神的な苦痛を与えたりする行為です。排泄などの失敗を人前で話して意図的に恥をかかせることも心理的虐待にあたります。

●性的虐待

本人の同意がないのに性的な行為をしたり、強要したりすることです。

●経済的虐待

高齢者本人の財産や金銭を無断で使ったり、理由なく本人が希望する金銭の使用を制限したりすることです。

●介護放棄(ネグレクト)

介護や世話を放棄したり、必要な介護・医療サービスの利用を妨げたりする行為です。意図的であるか、結果的であるかは問われません。長時間あるいは長期間に及ぶことで、高齢者の生活環境や身体的・精神的状態を悪化させてしまいます。

同居人などによる虐待行為を放置することも、介護放棄(ネグレクト)に当たります。

緊急一時保護の費用とその後

緊急一時保護の費用とその後


最後に、緊急一時保護の費用とその後を確認しておきましょう。

緊急一時保護でかかる費用

緊急一時保護では、短期入所生活介護(ショートステイ)、特別養護老人ホーム、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)、小規模多機能居宅介護など、市町村が確保したベッドを使用します。

緊急一時保護中は、介護保険サービスの自己負担分(1割)・居住費・食事代などが1日ごとに発生します。要支援要介護の認定を受けていない場合でも、介護保険サービス費用の9割相当分は市町村の措置費から賄われるので、自己負担額は1割となります。使用したおむつなどの日用品代は、実費請求です。

利用者に請求する費用は、市町村がサービス提供事業者に支払い、高齢者本人または家族から徴収します。所得に応じて食費や居住費が決められていたり、保護された高齢者への費用負担がなかったりなど、費用は市町村によって異なります。詳しくはお住まいの市町村の担当窓口や地域包括支援センターなどにご相談ください。

また、緊急一時保護の措置は、費用の支払いができるかどうかにかかわらず実施されます。

保護された高齢者のその後

「やむを得ない事由による措置」で実施された緊急一時保護は、利用者本人が同意して施設に契約することで終了となります。利用者本人に判断能力がない場合には、代理人(成年後見人)による契約が行われた時点で終了です。

要支援要介護認定のない自立の方は、養護老人ホームや公営住宅などへの入居など、他の支援方法が検討されます。

また、関係機関の支援により、虐待が解消し、高齢者が安心して生活するための環境整備ができたと判断された場合には家庭に戻ることも可能です。

緊急一時保護が終了したからといって、虐待への対応が終了するわけではありません。虐待の届出や通報を受けると、高齢者本人の保護の検討だけではなく、養護者への支援が検討されます。緊急一時保護が終了したとしても、関係機関による支援は必要が無くなるまで終わりません。

虐待の深刻化を防ぐためにも通報・届出を

高齢者の緊急一時保護は、高齢者を虐待から守るために、市町村が緊急的な対応として一時的に保護することです。本来であれば本人が同意をしたうえで契約をしてから利用スタートとなるサービスでも、市町村がやむを得ない事由があると判断すれば措置にて利用することができます。

虐待は受けた本人だけではなく加害者やその家族にも深い傷を残します。近所の高齢者が虐待されているかもしれないと気づいた場合には、各市町村の担当窓口や地域包括ケアセンター、民生委員などに虐待の通報をするようにしましょう。「虐待された」と感じた場合には届出を、「虐待してしまうかもしれない」と感じた場合には相談することも大切です。

虐待をしているまたはされている当事者は、なかなかその事実に気づけなかったり受け入れられなかったりするものです。緊急一時保護の内容を知ることで、虐待についても考えるきっかけになればと思います。

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監修者:陽田 裕也
陽田 裕也 (ひだ ゆうや)

2001年、介護福祉士養成校を卒業と同時に介護福祉士を取得し特別養護老人ホームにて介護職員として勤務する。
その後、介護支援専門員や社会福祉士も取得し、介護以外でも高齢者支援に携わる。現在はソーシャルワーカーとして、 特別養護老人ホームで勤務しており、高齢者虐待や身体拘束、成年後見制度などの権利擁護について力を入れて取り組んでいる。