最近、実母がアルツハイマー型認知症の診断を受けました。まだ、症状も軽くて家も近いので、こまめに電話をして服薬の確認をしたり、家を訪れて一緒に家事をしたりしてひとり暮らしを継続できています。
要介護1の認定を受け、家事を中心に介護保険サービスを利用することに。当面の暮らしは落ち着きそうですが、認知症がどのように進行するのかわからず、急に状況が変わってしまうのではないかと不安です。レビー小体型認知症の姑を介護した経験のある義母は「認知症は急激に進む」と言うのですが、病院やケアマネジャーからは「認知症はゆっくりと進む」と言われました。
どちらが正しいのでしょうか?認知症は進むとどうなりますか? また、進行させないために気を付けることを教えてください。
認知症の進行についての質問ですね。アルツハイマー型認知症は、ゆっくりと症状が進行します。認知症にはいくつかの原因疾患があり、それぞれ初期に出やすい症状や進行が異なります。レビー小体型認知症は、アルツハイマー型認知症に比べて進行が早い傾向があります。
この記事では、3大認知症であるアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症の進行について、そして進行を遅くするために気を付けたいポイントを説明していきます。ぜひ、現在や今後の生活の参考にしてください。
そもそも認知症の「症状」とは?
まずは、進行していく認知症の「症状」について基礎知識をみていきましょう。認知症には、認知症の症状の基本となる中核症状と、人によって出現が異なる行動・心理症状(BPSD)があります。
中核症状
認知症の中核症状とは、脳の神経細胞が失われることで直接的に起こる認知機能障害のことです。認知症と聞いて思い浮かべる「もの忘れ」、「今いる場所がわからない」、「料理ができなくなる」などの症状は中核症状です。記憶障害、見当識障害、理解・判断力の障害、実行機能障害、失語・失行・失認などがあり、進行に伴って現れます。
認知症にはアルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症などの種類がありますが、どの認知症かによって初期のうちに現れる中核症状は異なります。
アルツハイマー型認知症には、中核症状に対する薬としてドネペジル(商品名:アリセプト)、 ガランタミン(商品名:レミニール)、 リバスチグミン(商品名:リバスタッチ、イクセロンパッチ)、メマンチン(商品名:メマリー)があります。ドネペジル(商品名:アリセプト)は、レビー小体型認知症でも使用されています。これらの薬は中核症状を和らげ進行を遅らせることはできますが、認知症そのものを治す、根本的に認知症の進行を止めるという効果は期待できません。
行動・心理症状(BPSD)
行動・心理症状(BPSD)とは、認知症の中核症状に加えて環境や性格、精神的な不安、体調などの様々な要因によって現れる、行動障害や精神症状のことです。人によって現れる症状は異なります。以前は周辺症状と呼ばれていました。
暴言や暴力、興奮、抑うつ、徘徊、もの取られ妄想、介護拒否、昼夜逆転、弄便(ろうべん:便を触ってしまうこと)、失禁などの症状が行動・心理症状です。認知症を介護している方の中には、行動・心理症状に頭を悩ませている方も少なくはありません。
周囲のかかわり方や環境の改善、リハビリテーションや回想法といった非薬物療法などで症状が大幅に改善したり、消えたりすることもあります。
認知症ごとの症状の進行
認知症の種類によって、初期症状や進行の仕方は異なります。3大認知症と呼ばれるアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症の進行の特徴をみていきましょう。
アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症では、もの忘れが特徴的な症状です。初期では数日前のことを思い出せなくなります。体験の一部分ではなく、体験の全てを忘れてしまうのが特徴です。症状が進むにつれて前日、数時間前、数分前のことが分からなくなり、徐々に思い出せる時間軸が短くなっていきます。数分前に聞いた話が思い出せなくなると、同じことを何度も聞くという状態がみられます。また、見当識障害により、時間が分からなくなります。
中等度になると、見当識障害が進行し、場所や日付、曜日、季節が分からなくなりますが、トイレや食事などは自立しています。
やや重度になると、最近の経験や出来事、周囲の環境を認識することが難しくなります。何年も前に退職した仕事場に行こうとしたり、昔住んでいた家に戻ろうとしたりします。家を出てそのまま帰れなくなり、歩き続けてしまう徘徊、盗まれたなどの妄想、昼夜逆転、失禁などの行動・心理症状(BPSD)が現れることもあります。適切な着衣やトイレの使用に、手助けが必要です。
重度になると、食事やトイレなど、ほぼ全ての日常的行為に介助が必要となります。知っている人を見ても誰だかわかりません。言葉が理解できなくなり発語もほとんどできなくなります。
アルツハイマー型認知症では、このような経過を緩やかにたどります。
レビー小体型認知症
レビー小体型認知症の発症の前兆として、抑うつ症状や睡眠中の異常行動がみられます。そして初期には、まず実行機能障害や判断力の低下などの認知機能障害が現れます。その他、人や小動物の幻視、立ちくらみや便秘などの自律神経症状、パーキンソン症状も見られるようになります。アルツハイマー型認知症の初期症状である記憶障害については、軽度であることが多く、簡単な検査では記憶力は正常範囲内と判断されることもあります。
中期になってくると、認知機能障害が進行して、もの忘れや時間や場所がわからなくなる見当識障害が目立ってきます。幻視から被害妄想が見られるようになったり、パーキンソン症状による歩行障害がひどくなり、転倒しやすくなったりしてきます。
症状が進むにつれて、嚥下機能(えんげきのう:飲みこむ機能のこと)が障害されるため、飲食物などが気管に入ることで起る誤嚥性肺炎を繰り返しやすくなり、また認知機能の低下によって他者とのコミュニケーションが困難になります。
末期には、パーキンソン症状が進行して寝たきりとなるケースが多いです。
レビー小体型認知症では、認知機能が良いときと悪いときを繰り返しながら、アルツハイマー型認知症よりも速いスピードで進行していきます。
脳血管性認知症
脳梗塞や脳出血といった脳血管障害に起因して起こる脳血管性認知症では、アルツハイマー型認知症の症状と現れ方が似ています。異なる点としては、初期には本人が認知症であることを自覚していること、部分的に能力が低下するまだら認知症であること、手足の麻痺などの身体的症状があることなどがあげられます。
同じことでもできたりできなかったりする「まだら認知症」の症状や、感情のコントロールができなくなる症状が特徴です。
徐々に症状が進行するアルツハイマー型認知症とは違い、良くなったり、悪くなったりを繰り返しながら進行していきます。脳血管性認知症の発症や進行を防ぐためには、脳卒中の再発予防が大切です。
治療をしっかり受け、食事や運動などの生活習慣を見直しましょう。
進行を早めないために気を付けたいポイント
それでは、進行を早めないためには、どのようなポイントに気を付けたら良いのでしょうか。
早期発見・早期治療を
認知症かもと思ったら、早いうちに病院を受診しましょう。症状が軽いうちに治療を開始することで、できるだけ日常生活を継続させ、QOL(生活の質)を維持することが目指せます。
また、症状が軽いうちから診断を受ければ、症状が進んだらどうしたいのかなど、本人と家族が今後について十分に話し合うことができます。本人にも家族にも、病気であることを受け入れる時間が取れることもメリットです。
周囲が認知症を理解して環境を整えることで、行動・心理症状(BPSD)の予防や軽減にもつながります。
NGな対応を知ろう
認知症の方には、次の3つを避けるようにしましょう。
●怒る、否定する
介護をしている方は、約束を破られたと感じること、同じことを繰り返し聞かれてイライラすること、行動が理解できないことなどに遭遇することがありますが、認知症の方と接する際に最もしてはいけないのが、怒ることと否定することです。
認知症の方は直前の記憶を失っていても、感情や自尊心は失われていません。否定されたり叱られたりすることで本人は傷つきます。それまであった介護者への信頼関係や愛情が揺らいでしまうことで、混乱や不安を深めてしまうことも。その結果、妄想や攻撃的な言動などの行動・心理症状(BPSD)が出てしまうことがあります。
●急激な変化
認知症の方は急激な変化が苦手です。部屋の模様替えは避け、慣れ親しんだ環境で過ごしてもらいましょう。安心できる環境で穏やかに過ごしてもらうことが、認知症の進行予防にもつながります。介護施設などに入居する際には、使い慣れた家具や小物などを持っていくようにすると良いでしょう。
●過剰にサポートする
認知症の方に限らず、高齢者の方は自分で何かをするのよりも周りが手を貸した方が早いことがあります。しかし、過剰にサポートすることで、できることができなくなったり、自分で考えて判断する能力が衰えたりしてしまい、認知症を進行させてしまうことがあります。
生活を見直しましょう
昼に活動してもらって夜には寝てもらうようにする、栄養バランスの良い食事をする、リハビリなどできるだけ運動をするようにする、デイサービスで人に会う…など、生活を見直すことで認知症の進行を緩やかにしたり、精神が安定して行動・心理症状(BPSD)の予防や軽減につながったりすることがあります。
まとめ
家族が認知症の診断を受けると、どうしても不安になってしまうものです。これからどのように症状が進行していくのか、進行を緩やかにするためにはどのようなことをしたらいいかを知ることが、穏やかな気持ちで介護と向き合う手助けになるでしょう。
認知症に限らず、介護では介護者のレスパイト(respite)も大切です。レスパイトとは、一時中断や小休止、息抜きのこと。デイサービスやショートステイなどを活用し、介護をしている家族が介護から離れる時間をつくり、しっかりとリフレッシュしましょう。介護者の心身状態が良く、心に余裕があることが、より良い介護につながり、それが認知症の症状や進行を緩やかにすることにもつながっていきます。
※この記事は2021年12月時点の情報で作成しています。
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医師:谷山 由華(たにやま ゆか)
【経歴】
・防衛医科大学校医学部医学科卒業
・2000年から2017年まで航空自衛隊医官として勤務
・2017年から2019年まで内科クリニック勤務
・2019年から内科クリニックに非常勤として勤務、AGA専門クリニック常勤
内科クリニックでは訪問診療を担当。内科全般、老年医療、在宅医療に携わっている