まだ小学生の息子がいるのですが、夫が若年性認知症だと診断されました。職場にも事情を説明し、できる範囲の仕事をさせてもらっていますが、残業が無くなって収入が下がったため経済面にも不安が残ります。 周りにはまだ介護をしている人はいないため、相談でできる人もいません。これから本人が、そして生活がどうなっていくのかが心配です。どんな支援を受けることができるのか、これからどのように本人と接していけばいいのか、わからないことばかりです。家族としてやるべきこと、知っておいたほうがいいことを教えてください
若年性認知症は、65歳未満の方が発症した認知症です。仕事や子育て中の現役世代ということもあり、本人や家族の精神的・経済的な不安は大きいことでしょう。また、親の介護と重なることもあり、主たる介護者となる配偶者の負担は大きなものとなります。 ここでは、若年性認知症の方が受けられる支援や利用できる制度、そして本人との接し方についてご紹介します。現在や今後の生活の参考にしてください。
若年性認知症を理解しよう
映画や小説でも描かれることのある若年性認知症。実は種類によって症状も様々です。まずはそれぞれの種類と症状をみていきましょう。
若年性認知症の種類
若年性認知症を発症する基礎疾患ですが、2020年3月のデータでは、最多は52.6%でアルツハイマー型認知症が最多となりました。高齢者の認知症と同じ結果です。続いて、脳血管性認知症(17.1%)、前頭側頭型認知症(9.4%)となっています。
高齢者の認知症では、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症が4大認知症と呼ばれていますが、若年性認知症では、レビー小体型認知症/パーキンソン病による認知症(4.1%)に加え、外傷による認知症が4.2%と高齢者の認知症に比べて多いのが特徴です。
種類ごとの症状
認知症には認知症の症状の基本となる中核症状と、人によって出現が異なる行動・心理症状(BPSD)があります。
アルツハイマー型認知症で特徴的な記憶障害は、中核症状のひとつです。他には見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能障害、失行・失認などが見られます。認知症の種類によって、最初に現れやすい症状は異なります。
脳梗塞や脳出血といった脳血管障害に起因して起こる血管性認知症では、アルツハイマー型認知症の症状の現れ方は似ています。異なる点としては、初期には本人が認知症であることを自覚していること、部分的に能力が低下するまだら認知症であること、手足の麻痺などの身体的症状があることなどがあげられます。
脳の前頭葉と側頭葉前方に病変が出る前頭側頭型認知症では、感情のコントロールができない、相手の言ったことや行動を反復する、悪気なく万引きをしてしまうなどの反社会的行動同じ行動を繰り返す、といった症状が特徴的です。
外傷による認知症では、損傷を受けた脳の場所によって現れる症状は異なります。
レビー小体型認知症では、睡眠時の異常行動、幻視、パーキンソン症状が初期に現れることが多く、記憶障害は目立ちません。
行動・心理症状(BPSD)は、認知症になったら必ず出る症状ではなく、本人や環境によって出たりでなかったりする症状です。様々な症状があり、他の疾患と似ているものもあります。区別するためには認知症の中核症状が出ているかを見極める必要があります。
一例としては、徘徊、抑うつ、被害妄想、帰宅願望や夕暮れ症候群、攻撃的な言動などがあります。
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若年性認知症と診断されたら準備したいこと
まだ働き盛りの年代で発症する若年性認知症では、軽度のうちからどれくらい今後について準備ができるのかで、本人や家族のQOL(クオリティ・オブ・ライフ:人生の質)が大きく変わってきます。不安も大きいとは思いますが、次のような準備を進めていきましょう。
今後について本人と話し合う
まだ症状が軽いうちから、仕事をどうしたいのか、症状が進んだら在宅で介護を受けたいのか、施設に入りたいのか…など、本人と家族で今後について話し合っておきましょう。
若年性認知症に限りませんが、症状が進んでからは、家族が判断をしなくてはいけない事柄が増えてきます。そんな時に本人がどうしたいと考えていたのかを知っていれば、後悔のない判断をできるでしょう。
ただし、本人が病気について受け入れられていないうちには、無理に話し合おうとはせずに、「一緒にエンディングノートを書いてみない?」と、切り出してみるといいでしょう。
介護の相談先をつくりましょう
最も身近な介護の専門家であるケアマネジャーに相談をしたり、介護者同士が集まって情報交換や相談をする「家族会」に参加してみたりすると良いでしょう。家族会の中には、「若年性認知症の人を介護している家族の会」など、対象を限定しているものもあるので、通いたいと思える家族会を探してみてください。
また、安心介護の「介護のQ&A」では、匿名で介護の専門家に質問をすることができます。「こんなこと相談していいのかな?」と思えるような悩みや疑問でも、気軽に投稿してみてはいかがでしょうか。
若年性認知症の方が受けられる支援
若年性認知症と診断された後に受けられる支援には、次のようなものがあります。
経済的負担の軽減制度
若年性認知症により、仕事ができなくなってしまったり、収入が下がってしまったりしたら受けられる経済的負担を軽減する制度は複数あります。
生活保護
相談・申請先:市区町村の福祉事務所または福祉関連の窓口
日常生活を送るために必要な最低限度のお金を受け取ることができる制度です。世帯全員の所得や資産の合計が、基準を下回っている必要があります。
国民年金保険料の免除
相談・申請先:市区町村の国民年金担当課
病気や退職で収入が減ってしまった際に、国民年金保険料の免除が受けられる制度があります。
障害者手帳・特別障害者手当
相談・申請先:市区町村の障害・福祉関連の窓口
身体障害を伴う認知症の方は「身体障害者手帳」を、身体に障害がない認知症の方は「精神障害者保健福祉手帳」を申請することができます。障害者手帳を持っている方は、地域によって公共交通機関や公共施設などの料金割引や税金の控除や減免を受けられます。
また、日常生活において常時介護が必要な20歳以上の方を対象とした、特別障害者手当(月額27350円:2021年度)に申請できます。
傷病手当金
相談・申請先:加入している健康保険組合、協会けんぽ
健康保険に加入している本人(被保険者)が、病気やケガで、3日以上連続で仕事を休み、事業主から十分な報酬が受けられない時に現金が給付される制度です。連続した休みの4日目から支給を受けることができ、支給期間は最長1年6ヵ月です。
住宅ローンの免除
相談・申請先:ローン契約をした金融機関の担当窓口
若年性認知症は「高度障害状態」として、住宅ローンの免除が受けられることがあります。「高度障害状態」と認める条件は、契約によって異なります。
生命保険
相談・申請先:加入している生命保険会社の担当窓口
加入している生命保険から、「高度障害状態」として保険金を受けられることがあります。「高度障害状態」と認める条件に当てはまるかどうかなどの詳細はご確認ください。
利用できる制度
続いて、利用できる制度を見てみましょう。
医療費や介護費の負担軽減制度
相談・申請先:税務署または市区町村の税務関連の窓口
医療費や介護サービス費用の負担軽減制度はいくつかあります。制度の内容は、リンク先で詳しく解説をしているので、ぜひご確認ください。
高額療養費
相談・申請先:加入している健康保険組合、協会けんぽ、または市区町村の担当窓口
高額介護サービス費
相談・申請先:市区町村の担当窓口
高額医療・高額介護合算療養費制度
相談・申請先:加入している医療保険と介護保険の担当窓口
自立支援医療制度(精神通院医療)
相談・申請先:通院中の医療機関、または市区町村の障害・福祉関連の窓口
認知症で継続して通院治療を受けている場合、医療費の自己負担額が1割になる制度です。
障害年金
相談・申請先:国民年金加入者は市区町村の年金窓口または年金事務所、厚生年金加入者は年金事務所
認知症により生活や仕事に支障が出た場合に、本人や家族を支えるための制度です。認知症の初診日から1年6ヵ月後(それ以前に病状が固まった場合はその日)から申請できます。障害年金は、加入している公的年金制度によって受け取れる金額も異なり、国民年金加入者は障害基礎年金を、厚生年金加入者は障害基礎年金に上乗せして障害厚生年金を受け取ることができます。
サポート団体:NPO法人障害年金支援ネットワーク
介護保険制度
相談・申請先:地域包括支援センター、市町村の介護保険関連窓口
若年性認知症は特定疾病に認められているため、64歳以下でも必要に応じて要介護・要支援認定を申請して、介護保険サービスを受けることができます。ただし、認定が「自立」となった場合には利用できません。
認定を受けるとケアマネジャーがつくので、相談できる身近な専門家ができるのも心強いでしょう。ケアマネジャーに、若年性認知症の方が通えるデイサービスを探してもらうこともできます。
仕事を続けたい場合
まだ仕事を続けたい若年性認知症の方が利用できる支援を上げていきます。
企業の障害者枠での雇用
相談・申請先:会社の人事・総務関連の担当課、または産業医
「身体障害者手帳」または「精神障害者保健福祉手帳」があれば、企業の障害者枠で働くことが可能です。今までの仕事が難しくなったけれども、同じ会社で働き続けたい場合、障害者枠で働き続けられるケースもあります。
地域障害者職業センター
相談先:地域障害者職業センター
それまでの仕事が難しくなってきた場合に、職業訓練や就労支援、就労に関する相談を行っています。障害者手帳がなくても利用できます。
まずはコールセンターへ
若年性認知症に関する国の相談窓口に、若年性認知症コールセンターがあります。
若年性認知症とは診断されたものの、どんな病気なのかわからない、どんな支援を受けたらいいのかわからない、とりあえず誰かに相談したい…。そう思っている方は、ぜひ若年性認知症コールセンターに相談をしてみるとよいでしょう。メールでの相談も可能です。
若年性認知症の方の家族がしたい心構え
家族が若年性認知症だと診断された後は、本人とどのように接したらいいのかわからず手探り状態となり、これからのことが不安でいっぱいになると思います。ここでは、自分のためにも本人のためにもしておきたい心構えを紹介します。
否定しない・叱らない
若年性認知症の方に限らず、認知症の方と接する際に一番のポイントとなるのは「否定しない」「叱らない」ということです。
介護をしていると、「さっきも言ったでしょ!」「どうして約束を守れないの!」「なにしているの!」と言いたくなる場面に遭遇することがあります。しかし、認知症の方は直前の記憶を失っていても、感情や自尊心は失われていません。
否定されたり叱られたりすることで本人は傷つき、それまであった介護者への信頼関係や愛情が揺らいでしまうことで、混乱や不安を深めてしまいます。その結果、妄想や攻撃的な言動などの行動・心理症状(BPSD)が出てしまうことがあります。
病気について学ぶ
若年性認知症はどういう認知症なのかを理解するようにしましょう。本人の変化や行動が、認知症によるものだとわかれば、対応もしやすくなるでしょう。起こりえる症状を知っておけば、心構えもできます。本人を介護するためだけではなく、自分の心を落ち着かせるためにも、病気について理解することは大切です。
家族にも集える場所を
最も身近な介護の専門家であるケアマネジャーに相談をしたり、介護者同士が集まって情報交換や相談をする「家族会」に参加してみたりすると良いでしょう。家族会の中には、若年性認知症の人を介護している家族の会」など、対象を限定しているものもあるので、通いやすい地域にある家族会を探してみてください。
レスパイトも大切に
レスパイト(respite)とは、一時中断や小休止、息抜きなどを意味する英語です。介護では、高齢者などを介護している家族が、介護から離れる時間をつくり、リフレッシュしてもらうことを意味しています。
介護者が身体的・精神的な負担を感じて体調を崩してしまうことがないように、家族に協力してもらったり、介護サービスを利用したりしながら、介護から離れる時間をつくることも大切です。
まとめ
働き盛りの子育て世代が発症する若年性認知症。本人だけでなく、介護はまだ先の話だと思っていた家族にとっても、戸惑いは大きなものでしょう。高齢者の認知症とは異なり、就労支援や経済的支援をうまく活用できるかどうかが、本人や家族のQOL(クオリティ・オブ・ライフ:人生の質)に大きな影響を与えます。
この記事ではさまざまな負担軽減策や支援制度を紹介しました。必要な制度・支援を利用しながら、将来に備えて本人と話し合っておくお手伝いを、この記事ができたら幸いです。
医師:谷山 由華(たにやま ゆか)
【経歴】
・防衛医科大学校医学部医学科卒業
・2000年から2017年まで航空自衛隊医官として勤務
・2017年から2019年まで内科クリニック勤務
・2019年から内科クリニックに非常勤として勤務、AGA専門クリニック常勤
内科クリニックでは訪問診療を担当。内科全般、老年医療、在宅医療に携わっている